篠笛 篠笛の選び方と使い分け 

篠笛の選び方と使い分け(1)   篠笛の選び方と使い分け(2)   篠笛演奏における移調   五線譜から数字譜起しする方法   篠笛演奏での息コントロール

篠笛の上達法

はじめに
篠笛は、楽器としては比較的安価でネット通販でも容易に手に入ることから、気軽に始められる人が多いようです。ところが、きちんとした篠笛演奏の指導を受けようにも、地方ではピアノ教室ぐらいしか存在せず、マイナーな楽器である篠笛教室に通える環境にある人は極めて少数です。このため、やむなく独学で練習されているケースが多いようですが、独学で篠笛を習得しようとすると、とかく譜面どおりにスムースに運指ができることばかりに気が向かいがちです。しかし、それではいつまで経っても小学生のリコーダーのような味も素っ気もない単調な演奏レベルから脱却することはできません。
篠笛の本髄とは、篠笛らしい伸びやかで艶のある美しい音色や、曲想に沿った強弱を付けた豊かな表現力により、聴く人の琴線に触れる演奏を聴かせることといえます。このような演奏ができるスキルを身に付けるには独学だけでは限界があり、どうしても適切な指導者の下で練習を重ねる必要があります。以下では、人を感動させる演奏を目指すために必要な、PDCA改善フィードバックを取り入れたスキルアップ方法について述べていきます。


篠笛上達のPDCA
篠笛でワンステップ上の演奏スキルを身につけるには、ビジネスシーンにおいて用いられている手法である【P・D・C・Aサイクル】を回すことによって日々スパイラルアップを図ることが基本となります。

P(Plan) :練習プランを立てる
D(Do)   :練習、演奏の実行
C(Check) :チェックする
A(Act)  :矯正する
 スパイラルアップ

篠笛上達のPDCA

ゴルフの練習では、自分のスウィングをビデオに撮り、プロのスウィングと比較チェックすることによって矯正することが一般的に行われています。篠笛の場合でも、このC(Check)とA(Act)が特に重要といえますが、このプロセスは指導者に大きく依存せざるを得ません。優れた指導者による的確なチェック・矯正を受けることで、改善フィードバックが効果的に働き、演奏スキルのスパイラルアップを図ることが期待できます。


独学の問題点
独学の場合、教本に書いてある標準的な練習プログラム(Plan)に従って練習(Do)するのが一般的です。しかし、それだけでは譜面どおりに演奏して満足する一方方向のP・Dプロセスで終わってしまい、改善サイクルを回すことができません。

「うまく音が出ない」、「音がかすれる」といったレベルの、Checkプロセスを経るまでもなく誰でも実感できる課題であれば、独学の場合下図のように試行錯誤を繰り返すことにより克服していくことになります。 しかし、そうすると自己流で課題を解決したつもりになって、悪い癖がついてしまう危険性があります。

篠笛独学のトライ&エラー

独学では改善すべき箇所を指摘する人がいないことから、教本のプログラムどおり曲が演奏できるようになったら、たとえそれが小学生のリコーダーレベルであったとしても、それに気付かずに自己満足してしまい悪い癖が身に付いたままになる恐れがあります。悪さ加減を認識できないままでは、改善ポイントが見出せず、必要となる取り組みテーマ(Plan)を打ち出すことができません。これではスパイラルアップを図ることができず、素人っぽい演奏の領域から脱却することができません。いくら練習(Do) に時間を費やしても、人を感動させる演奏ができるまでの上達は望めないということです。

篠笛独学のPDサイクル

なお、後述するように、録音・録画を活用することにより、独学でもある程度はC(チェック)プロセスを取り入れることは可能です。


以下、篠笛上達に必要なP,D,C,Aサイクルについて、特に重要な「C・A」ステップからの順番で解説します。

C(チェック)の方法
篠笛上達において最も重要なプロセスがC(チェック)といえます。このチェックは基本的にはD(Do)と同時に行うことになりますが、演奏者本人はDoの方に神経を集中してしまいますので、第三者でないと客観的な観察は困難といえます。ただし、後述する録音・録画を用いれば、限定的ですが奏者本人が後からでも行うことも可能です。
このチェックプロセスでは、目指すべき模範演奏とのギャップ(改善を要する悪さ加減)を見出すことが目的となります。このギャップを認識するかしないかが、自己満足に留まってしまうか、上達に向けたモチベーションを持てるかの分岐点になります。
ここでいうギャップとは、音色や演奏テクニックの他に、姿勢、唇のアンブシュア、癖、呼吸法、表現力なども含まれ、これらのギャップを見出せるスキルが必要となりますが、重要なのは模範とする演奏のレベルです。初心者は、自分より少しだけスキルが上の先輩の演奏でも模範と感じてしまう傾向にありますが、ここで比較すべきは相当の上級者、できれば名人の演奏(超絶技法ではなく、ゆったりとしたベーシックな演奏)をエクセレンスとすべきです。
鑑定士が真偽眼を養う秘訣は、本物だけを見続けて目を肥やすことだそうですが、レベルの低い演奏者だけに囲まれている環境ではギャップを見出す耳は養われません。中級者の演奏を上手いと感じるようではダメです。とにかくプロの演奏をたくさん聴いて耳を肥やすことが大切となります。
ここで見出されたギャップは、対象者に「あなたはここが改善を要する点です」と指摘するとともに、次の矯正(Act)プロセスのインプットになります。このギャップに気付くことが、「何とかしてそれを克服しよう!」という改善に向けたモチベーションを生み出すきっかけになります。

篠笛のチェックプロセス

初心者の段階では、(音がかすれる等)模範演奏との比較をするまでもなく、自分でも明確に分かるレベルの悪さ加減が支配的であることから、直接Act(矯正)プロセスに移行することになりますが、これはPDCAを回す以前の問題です。

独学の場合でも、自分の演奏を(スマホの音声レコーダアプリ等で)録音し、プロの演奏と比較することにより、それまで気付かなかったギャップを認識することがある程度は可能です。自分の演奏中に自らの耳で直接感じとってている音は、骨伝導によって実際より豊かな響きに増幅される(カラオケのエコー機能のような)効果があることから、実際に発している音とはかなり違っています。つまり、自分の演奏レベルが現実よりも優れているかの如く錯覚してしまうという、誤った認識を与えているということです。
このことから、自分の演奏を一旦録音し、それをスピーカーを介した再生音により視聴者の立場から客観的に聴くことが不可欠となる訳です。この録音された音こそ、奏者の真の実力といえます。自分ではけっこう上手く演奏できるようになったと感じていたのに、いざ録音して聴いてみたら、がっかりするほど貧弱な素人っぽい演奏であったことに気付かせられることがあります。特に音量の抑揚、音の終わり方やメリカリによる音程調整は、思ったほどうまく表現できていないことが録音により容赦なく突きつけられます。YouTubeは、プロから初心者まで様々なレベルの演奏がアップされていますので、プロとアマチュア(上級中級者)の演奏の違いを比較することができ、ギャップを識別する耳を養う訓練になります。
ただし、このプロセスでは音だけでなく演奏姿勢やアンブシュア等もチェックしなければなりませんので、やはり独学では限界があります。鏡やビデオを利用したチェック方法もありますが、悪さ加減を見出すことは容易にはできません。


A(矯正)の方法
上のCheckプロセスで抽出されたギャップを縮めるための矯正方法を見出すのが、このActプロセスとなります。このプロセスでは、まずそのギャップが生じている原因を分析するところから始めます。この分析は、経験を多く積んだ人でないと難しく、ここで誤った結論を出してしまっては、後のプロセスが意味をなさなくなります。そして、その原因に対応した矯正方法を抽出することになりますが、この矯正は、その人の身体的特徴等、個人個人によって異なってきます。
「うまく鳴らす秘訣は、とにかくこれ!」と、万人に適用できる万能薬のごとく決めつけたアドバイスは、人によっては誤った方向となる場合があります。矯正方法とは、患者の症状に応じて医師から処方される医療薬と同様に扱うものであり、怪しい健康サプリメントの広告のように誰にでも効果が顕れる万能薬など存在しません。
つまり、百人いれば百通りの矯正方法となるわけで、多くの経験を多く積んだ経験者でないと適切な指導はできません。昔の日本の職人の修行方法では、「技は一から十まで教えてもらうものではなく、師匠から技を盗み、自分に最も合ったやり方を見つけるもの」とされてきましたが、万人に適合する技などないことを昔の人も押さえていたようです。

この矯正方法では、Why(なぜ)、What(何を)、How(どのように) 行うかをできるだけ具体的に提示し、その場で「そうじゃなくって、こうするの。」と直ちに(短期)指摘するとともに、その人にとって最適となる練習プラン(中長期)への反映、すなわち「それを改善するには、こういう練習を毎日続けなさい。」といった具体的な練習方法を伝授します。

篠笛の矯正プロセス

矯正プロセスは、独学で行うのは困難ですが、ネット等(フルート指導動画等を含む)を根気よく調べていると、自分に最も合った矯正方法に出会う場合もあります。もちろん、自分の症状に効く矯正策を処方しなければ意味がありませんが、都合よくヒットするとは限りません。ネット上では素人が書いた誤った情報が氾濫しているため、そのまま鵜呑みにせず、適切な情報だけを取捨選択するようにしましょう。


P(練習プラン)への反映
このP(Plan)プロセスには、教本や篠笛教室の育成カリキュラムに従って組み込まれた標準プログラムと、上のAプロセスからフィードバックされたオリジナルの矯正プランがあります。ここでは後者についてのみ述べますが、Aプロセスで抽出された取組み課題のうち、その場ですぐに矯正できるような短期的課題であれば、このPプロセスはスキップして次のDoプロセスに進みます。中長期的に矯正に取組む必要がある課題について、指導者がその人に応じた練習プランを立てて、それに沿って指導していくことになります。
ここで複数の取組み課題が抽出されれば、優先順位を決めて練習プランを再構築することとなります。下図のように、ギャップの大きさと矯正方法の難易度に応じて優先順位を決めて取り組むのが効率的です。

篠笛の練習プログラム

D(練習・演奏)の実践
そして、短期的矯正または中長期的練習プランに沿って、実際に篠笛の練習を実践するDoプロセスになります。
このプロセスでは、時間をかけて繰り返し練習しないと効果がすぐに顕れないものもありますので、根気が必要となります。ただし、PDCAサイクルを回さない独学によるPDだけのプロセスでは、悪さ加減が自覚できず、何も考えずにただひたすら練習を繰り返すだけになってしまいます。いくら時間をかけてもスキルアップに繋がらないどころか、逆に練習すればするほど悪い癖を体に染み付かせてしまう羽目に陥る危険性すらあります。
今までのプロセスで抽出されたギャップ(改善すべき点)や、矯正方法を常に頭の中で意識しながら、正しい奏法を体で覚える(実際には次に述べる脳内に運動パターンを形成させることを指します)まで繰り返し練習することが必要です。適切な指導(C,A,Pプロセス)と、それを意識しながらの繰り返し練習(Dプロセス)があって、初めてスパイラルアップによる上達効果が期待できます。

初心者は、教本に書かれた模範どおりの姿勢や動きに忠実に演奏しないといけないとの意識が強すぎて、余分な力が入ってしまい柔軟性や自由度が疎外され逆効果になりがちです。そうならないために、実践プロセスにおいては「脱力」のテクニックを習得することが重要な要素となりますので、以下で詳しく解説していきたいと思います。

Doプロセスにおける「脱力」の実践

篠笛演奏でよくいわれる「脱力」とは、端的にいえば必要な筋肉だけに力を入れ、必要のない筋肉には力を入れないということです。人間の指の筋肉というものは、指全体を握る方向の動きは自然にできますが、部分的に開く(指穴を開ける)方向は苦手です。このため、初心者の頃は指穴を開ける運指において無理な力が入ってしまい、脱力した運指が実現できていません。、例えば薬指だけを上げ下げする運指の場面において、指を下げる筋肉と上げる筋肉が競合してしまうことで動きがぎこちなくなり、筋肉が突っ張って指が痛くなるほど疲れてしまう傾向にあります。

つまり、指穴を押さえるに必要な筋肉力は「1」だけでよいはずなのですが、初心者は
  下げる筋肉力(5)-上げる筋肉力(4)=指穴を押さえる力(5-4=1)
のように、無駄な筋肉力と競合した状態で押さえているということです。
一方,上級者は、
   
下げる筋肉力(1)-上げる筋肉力(0)=指穴を押さえる力(1-0=1)
のように、必要最小限の筋肉力だけで指穴を押さえているので、指が疲れることはありません。

指穴押さえ筋肉力

初心者の音が濁る原因の一つとして、指穴塞ぎの密着度が悪く、当人には気が付かない僅かな隙間が生じている場合がありますが、これも指穴を塞ぐ皮膚の弾力性が失われていることが主な原因です(水道の蛇口のパッキンのゴムが経年硬化すると水漏れするのと同じ)。うまく指穴が塞げないために余計に力が入ってしまい、筋肉がガチガチになる傾向にあります。このように、指が筋肉でガチガチとなった状態では、滑らかな運指にならず、速いパッセージの曲がうまく演奏できなくなるといった障害にもつながります。
初心者は、三本調子より長い笛では指穴を完全に塞ぐことが難しいと感じるのは、手が短いためというよりも、指の軸と指穴のセンターがうまく合っていないことと、指穴を押さえる力加減がうまくコントロールできずに筋肉に余分な力が入ってしまい、指穴を塞ぐ皮膚の弾力性が失われてしまうためと考えられます。私も当初は三本調子を滑らかに演奏するのに苦労していましたが、指穴のセンターを捉える勘所が身につき脱力できるようになってからは、一本調子でも楽々に押さえられるようになり、今ではLOW-C管(八本調子より1オクターブ低いマイナス四本調子に相当)の巨大横笛も演奏しています。
尺八やケーナのような縦笛には裏孔が開いていますが、横笛(指の肉で直接指穴を塞ぐタイプ)では裏孔は開いていません。縦笛の場合は、脱力した状態で自然に親指で裏孔を押さえることができますので理にかなった構造といえます。一方、横笛の場合は指の関節の長さによって親指の位置が変わってきますので、裏孔の位置で親指が固定されてしまうと不自然な力が入ってしまい、メリ・カリ調整等における脱力演奏ができなくなります。このため、横笛の裏孔はデメリットの方が大きく実用的ではありません。

このような「脱力」テクニックを身につける極意は、無駄な筋肉力を使わずに、必要最小限の筋肉力だけで効率的に加減できるようになることといえます。
複雑な指の運動を脱力により滑らかに行うためには、反復練習を重ねることにより、脳内の神経回路に、その運動パターンを形成させることで実現されます。すなわち、脳内におけるシナプス可塑性によってニューロン(神経細胞)を伝わる電気信号の伝導性が向上し、無意識のうちに効率的な指の動きを行うことが可能となるということです。ちょうどパソコンやスマホが、よく使う単語を学習することによって、素早く漢字変換できるようになるのに似ています。


複雑な指の開放が必要な際においても、常に脱力運指ができる運動パターンを脳内に形成させるため、私は以下の練習法を教えてもらい実行していました。電車の待ち時間など、篠笛がない環境でもいつでもできますので、参考までにご紹介します。

【ステップ1】まず、下の図のように利き手の人差し指と薬指の2本だけを立てます(Aパターン)。次にその逆のパターン、親指と中指と小指の3本だけを立てます(Bパターン)。このAパターンとBパターンを交互に繰り返す動作を行います。

指折パターン1

最初は頭で考えながら、ぎこちなく指を動かすため、前述したように指を上げる筋肉と下げる筋肉が競合して、余計な力が加わっているのが分かります。しかし、練習を重ねていくうちに、固定化された運動パターンが脳内に形成され、無意識にA、Bパターンを作ることができるようになります。意識するのは「次はAパターンを作れ」、「次はBパターンを作れ」という指令に単純化されるため、相反する筋肉が競合することがなくなり、スムースに指の切り替え動作が行えるようになります。Excelに一連の動作をVBAプログラミング化しておき、マクロ実行指令だけ行うのと同様のイメージと考えればよいでしょう。
無意識にできる状態まで達することを、よく「体で覚える。」といいますが、これは筋肉や末梢神経そのものが動作を覚えるということではなく、主として脳内の中枢神経回路のネットワークに動作パターンが記憶されるプロセスを表現したものといえます。


指折パターン形成

【ステップ2】利き手でスムースにA、Bパターンの切り替え動作ができるようになったら、今度は利き手と逆の手についても同じパターン切り替えの練習をします。利き手よりも若干てこずるかもしれませんが、脳内ネットワークに運動パターンが形成されてしまえば、利き手と同じようにスムースにできるようになります。

【ステップ3】次に、両手同時にA、B、A、Bパターンの繰り返し動作を行います。右手と左手が同じパターンであり、ステップ1、2において運動パターンが脳内ネットワークに形成されていれば、それほど苦も無くできると思いますので、速やかに次のステップに移りましょう(このパターンが定着してしまうと、ステップ4の障害になってしまいます)。

【ステップ4】そして最後に、右手はAパターン、左手はBパターンのように、右手と左手が常に逆の組み合わせパターンとなるように切り替える動作をします。
指折パターン2

これは、かなり複雑な指の組み合わせが要求されますので、最初は頭で考えながら指を一つずつ動かしてパターンを形成することになるため、混乱して時間がかかるとともに、指の筋肉にも力が入ると思います。また、繰り返しているうちに、いつの間にかステップ3(右手と左手が同じパターン)に戻ってしまっていることもあります。
このように最初は超人技のように思えるほど複雑な動作であっても、根気よく反復練習を重ねていけば、誰でも脳内ネットワークにこの両手の組み合わせがパターン化(C、Dパターン)されることになります。そうなれば、もうしめたもので、無意識に音楽のリズムに合わせた素早い切り替え動作ができるようになります。このような複雑な指使いが無意識に出来るようになれば、大甲の複雑なクロスフィンガリングや速いパッセージの運指も滑らかにできる自信がつくとともに、脱力により指穴塞ぎの密着度が向上し、濁りのない透明な音への改善にも繋がることが期待できます。

指の筋肉と同じように、唇の筋肉の加減についても、最適なスリットを形成するために必要な筋肉以外は脱力させる必要があります。唇の場合は、無駄な筋力が入ると唇のしなやかさが失われることになり、美しい音を作る障害になります。特に鳴らし始めの「音の捉え」には唇の柔軟性が不可欠となりますので、篠笛演奏にとって「脱力」は特に重要なポイントといえます(ただし、吹き終わりの消えゆくような音のフェードアウトには逆に唇の筋肉の引き締めが要求されますので、単純に脱力だけを意識してもいけません。唇の脱力については【良い音を出すポイント】を参照ください)。
綺麗に音が鳴る勘所を掴みながら反復練習を重ねることにより、綺麗な音が出る唇の筋肉の力加減パターンが脳内ネットワークに形成された以降は、演奏の始めに歌口の最適ポイントを探すというプロセスが最小限に抑えられます。
ただし、我流による間違った力加減のパターンが脳内に形成されてしまっては逆効果ですので、前述した正しい「チェック」、「矯正」を行ったうえで反復練習をしましょう。

脳内ネットワークに運動パターンが形成されるのは、練習中ではなく脳が休息に入った時だそうですので、やみくもに長時間に亘って連続練習するのは効率的でなく、短時間でも毎日繰り返し練習することが効果的といわれています。


PDCAによる表現力の磨き方
きれいな音で楽譜どおりに演奏できたとしても、表現力の乏しい小学生のリコーダーのように単調な演奏では人を感動させることはできません。中級者→上級者とレベルアップしていく段階においては、表現力を磨くことが必須のテーマとなってきます。
豊かな表現力を身に付けるために考慮すべき要素としては、以下が挙げられます。

1.抑揚ある音量変化
カラオケで上手く聴かせるには、Aメロ・Bメロは弱く、サビの部分は大きな声量で唄うというように抑揚を付けるのがよいといわれていますが、篠笛においてもクレッシェンドとディミヌエンド等、音量に抑揚(メリ・ハリ)を付けた演奏をすることが豊かな表現力のための重要な要素になります。曲の吹き始めにおいて最初からMAX音量で入ってしまうと、サビに入ったところで更に張り切ってしまいオーバーブローした汚い音になりかねませんので、曲全体の流れに沿った音量コントロールが必要となります。
また、ヴィブラートを効果的に入れたり、曲の終わりを消えゆくように(甲音を維持したまま)なめらかに演奏するのは篠笛らしい調べにとって欠かせない技術であり、特に音の終わり部分は初級者と上級者の違いが最も顕著に現れるポイントといえます。あえて論じるまでもありませんが、上級者が奏でる芯がしっかり通った音に加えられた心地よい「ゆらぎ」と、初心者の制御できていない不安定なぎこちなさとは全く別次元の話になります。
このように自在な音量コントロール技術を駆使することにより心地よく滑らかな音の形を形成することは、豊かな表現力のある演奏のために最も大切な要素といえます。これに関しては、【篠笛演奏における音の形】をご参照ください。

2.曲のテンポ
カラオケを伴奏とする場合は一定のテンポに合わせるしかないのですが、ソロ演奏する場合は一番より二番のテンポを速くするとか、コーダ部のテンポを長く伸ばすとかすることで表現力をより豊かにすることができます。
ただし、コントロールされたテンポ構成であることが聴衆に伝わるように演奏しないと、自分勝手なテンポでは不安定な初心者演奏にしか聴こえないことを、自分の録音を聴いて気づかされることがあります。

3.アーティキュレーション(音の区切り・繋ぎ)
フルートでは同じ音を区切るときにタンギングを用いるのに対し、篠笛では打ち指手法を用いるのが基本とされています。祭り囃子のような篠笛独特のピーヒャラ感を出せるのも打ち指手法の醍醐味です。
しかし、それに固執し過ぎると失敗することもあります。例えば同じジブリの曲でも、「もののけ姫」なら打ち指手法で通しても違和感はないのですが、「トトロ」の曲で打ち指手法独特の節回しを付けてしまうと曲のイメージを崩してしまいます(スキップする感じの曲が盆踊り風になってしまう)。このような曲の場合、私はためらわずにタンギングを用いることにしています。篠笛のアーティキュレーションは、曲のイメージに合うよう打ち指加減を微妙にコントロールすることに配慮して組み立てる必要があります。
また、タンギングは用いないにしても、指穴の塞ぎ・開放にメリハリの甘い ぎこちなさが顕れると、頼りない音の切り替りとなり素人っぽい演奏に聴こえます。中途半端な暗譜だと、ためらい感が入ったぎこちない運指となってしまいがちですので、暗譜で演奏する場合には自信を持った運指ができるようにしておく必要があります。

4.メリ・カリやグリッサンドによる音程の微調整
管楽器は、運指どおりに演奏すれば鍵盤楽器と同じようにデジタル的に一定の音程を発するものと思われがちですが、篠笛の場合はメリ・カリや半音運指の塞ぎ加減による音程の微調整の幅が大きい楽器といえます。フルートのようなキー・メカニズムが付いていないということは、逆にいえば指の塞ぎ具合によって微妙なニュアンスを表現できる自由度を有しているということですので、ヴァイオリンやトロンボーンのようなアナログ的な音程調整技術が要求される楽器に近いといえます。また、異なる音高間をグリッサンドで滑らかに繋ぐことで、篠笛らしい趣のある演奏をすることができます。
唄用篠笛は民謡や長唄向きに調律されていますし、ドレミ調篠笛は平均律調律されていますので、曲種に応じた音程となるようにメリ・カリによる微妙な音程調整技術が必要となります。笛の作者によっても調律の癖が異なりますので、異なる笛を使い分ける場合は、笛の特性に応じたメリ・カリ調整をするのに苦労します。実際には、J-POP用の笛、邦楽調の笛というように、曲の趣に適した笛を使い分けるのが現実的だと思います。

5.篠笛らしい魅力的な音色
安っぽいキーボードが発するフルート音は、倍音成分に乏しく無機質な電子音しか出ませんが、プロのフルート奏者が奏でる音は喜びや悲しみを表現する音色を巧みに使い分けるなど、聴く人の琴線に触れる艶やかで豊かな響きを聴かせてくれます。これは後者の方が複雑な倍音成分を豊富に有していることなどが考えられますが、どのように吹けばそのような魅力的な音を造ることができるのかを論じことなど私の手には到底負えません。
さらに、篠笛の上級者以上になると、ムラ息等、フルートにはない邦楽独特の音色を表現する技法を駆使されていたりします。ただし、このような演奏技法は、透き通った美しい音出しを完璧にマスターしているレベルの人が意図したとおりに自在に駆使できる上級テクニックであって、その領域に達していない者がただ真似しても、単に音出し技術が未熟な雑音に聴こえるだけの結果に終わります。
その他にも、例えば下唇による唄口の塞ぎ率なども音色を左右するファクタの一つといえます(塞ぎ率が大きいほど安定したクリアで若干こもった音色、塞ぎが小さいほど開放的で掠れた篠笛らしい音色になる傾向にはあります)。このようなレベルのスキルになると、もはやアマチュアである私などが論じる領域を完全に逸脱しています。

以上のように、表現力豊かな演奏をするためには上述した多元的要素を織り込んだ技術が要求され、プロではない私などは自分の演奏を録音して聴くたびに、まだまだ未熟者の域を脱していないことを痛感させられます(その奥の深さが篠笛の虜にさせられる魅力ではありますが)。
表現力のレベルがどの程度あるのかを、自分が演奏している時には、自分自身でチェックすることはできません。第三者(篠笛を演奏しない人でもOK)に聴いてもらって指摘してもらうのがベストですが、自分で録音したものを客観的に聴いてチェックすることでも可能です。PDCAサイクルを効果的に廻すことにより、表現力のスパイラルアップに努めましょう。


おわりに
篠笛上達には、上で述べた適切な指導によるPDCAサイクルを回した練習が重要となるのですが、実はそれよりももっと重要でかつ困難な要素があります。それは【継続する】という、一見当たり前のように思える要素です。テレビでは「〇〇に効く体操」なるものが頻繁に紹介されていますが、それを長期的な健康維持に真に役立つまで絶えることなく継続している人は、はたして何%いるでしょうか。それよりも、愚直に何十年も同じラジオ体操を毎日【継続】している人の方がはるかに健康的であるように、【継続】を伴わない行動には何の効果も期待できません。
安易にネット通販で篠笛を購入した人の場合、9割以上がこの【継続】ができずに一時的な気まぐれに終わってしまっているのが実状です。ネット通販はたしかに便利なのですが、このような衝動買いによる三日坊主奏者を大量に生み出しているのが現実なのです。楽器店に何度も通ってカタログを穴の開くほど見比べ、経験者からいろいろアドバイスをしてもらったりと、じっくりと選定プロセスを踏んだうえで憧れのフルートを手に入れた人の場合は、楽器への愛着が高く、三日坊主に終わることはありません。


独学の最大の欠点は、この【継続】を維持する動機付けがないため、一人カラオケのようにただ漫然と自己満足に浸るだけとなって、技量向上の練習を継続するモチベーションを維持することが困難となってしまうことです。
この【継続】の動機づけに最も有効と考えられるのが、人前で演奏を披露する場を持つことです。地域のお祭りの笛方に選ばれれば、毎年必ず人前で祭囃子を演奏しなければならないことから、必然的にスキルアップに向けたモチベーションを継続できることになります。YouTube等の動画投稿にチャレンジするのも有効なアプローチの一つといえるでしょう。継続的なPDCAサイクルによる練習を維持するためにも、定期的に人前で演奏を披露する場を是非とも設けましょう。

どうしても指導者がいなくて独学しか選択肢がない場合は、前述したとおり、名人の演奏をしっかり頭に叩き込み、自分の演奏を録音・録画したものと比較することでギャップを見出すしかありません。そして、自分に最も合った矯正方法を見つける必要がありますが、前述したように、ネット上では素人が書いた誤った情報が氾濫しているため(私もそのアマチュアの一人かもしれません)、そのまま鵜呑みにせず、適切な情報だけを取捨選択できる判別能力を身につけましょう。

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① 篠笛の選び方と使い分け【その1】
② 篠笛の選び方と使い分け【その2】
③ 篠笛演奏における移調について
④ 五線譜から篠笛譜(数字譜)起こしする方法
⑤ 篠笛演奏における息コントロールと音質に関する考察
〇 篠笛の自動移調Excel

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