篠笛 篠笛の選び方と使い分け 

篠笛の選び方と使い分け(1)   篠笛の選び方と使い分け(2)   篠笛演奏における移調   五線譜から数字譜起しする方法   篠笛の上達方法

篠笛演奏における息コントロールと音質に関する考察


篠笛は、呂音~大甲音までの約2オクターブ半の音域を出すことができる楽器ですが、篠笛初心者からは「肺活量が足らなくて甲音から上の高い音がうまく出せません。」といった相談が寄せられることがよくあります。しかし、効率的な息コントロールができる上級者にとっては、全ての音域に亘って大きな肺活量は必要とはされず、か細い女性の人でも綺麗な大甲音を苦もなく鳴らされています。つまり、初心者は効率的な息コントロールができていないため、音にならない風切音(ノイズ)に無駄な息消費をしてしまうことから、肺活量が足らないと感じているに過ぎないということです。
また、息コントロールを上手く駆使できないということは、ぎこちない不安定な音になるだけでなく、いかにも初心者っぽい表現力の乏しい単調な演奏となりがちです。息コントロールが自在に駆使できれば、ヴィブラートやディミヌエンド等、表現力豊かな演奏を可能とするスキルを身に付けることができるようになります。

本ページでは、篠笛演奏における音量・音程のコントロールや綺麗な音を出す息コントロールの方法について、初心者がイメージし易い工学的モデルに準えたアプローチによる解説を試みてみました。ここでは、イメージのし易さを優先して、息コントロール方法に関する感覚的かつ独断的仮説を示しているだけですので、裏付けとなるエビデンスに基づく正確性は有していません。異なる解釈をされる人も当然いらっしゃると思いますので、こういう発想もあるんだなという程度に留めていただき、何かの発想のヒントにでもしていただければ幸いです。

息コントロールも含め、独学だけで篠笛の上達を目指すことは難しいことから、↓のページを参考に練習してみてください。
篠笛の上達方法

  • 篠笛の発音原理
オーボエやクラリネットのような木管楽器は、葦を加工したリードという発音体が音質へ与える影響が極めて大きいといわれています。一方、篠笛やフルートのような横笛は、この木管楽器にとって最重要パーツであるリードが装着されていない未完成の楽器と考えることができます。
つまり、横笛というものは演奏する際に奏者がエアーリード(空気で作られる発音体)を形成することによって、はじめて木管楽器として完成するものだということです。このことは、篠笛奏者は演奏家であると同時に、エアーリード造り職人でもあることを意味しています。
エアーリードの出来不出来(すなわちエアーリード造り職人である奏者の演奏技術)が、篠笛という木管楽器の音質をほとんど左右しているといっても過言ではありません。いくら有名ブランド銘の最高級篠笛を使っても、奏者が造るエアーリードが粗悪品であれば、三流品の笛の音しか出せません。

篠笛やフルートでは、下図のように歌口部に呼気によるエアーリードを形成させ、それが振動することにより発音させています。

エアーリード振動

エアーリードの振動は、下の図のように気柱(歌口から開放指穴までの筒)の長さに対応する共鳴振動数による開口端の空気分子運動に依存することになります。共鳴振動数は、下図のように歌口部から発した粗密波(音波は縦波ですが図では横波表示としています)が開放指孔から反射して戻って来るまでの時間の逆数、すなわち(f = nV/2L)で示されます。歌口部が定在波の腹部となって空気分子が変位する(開口端は分子運動が最大で密度変動は最小。中心部は分子運動は最小で密度変動が最大となる。)ことに伴いエアーリードがその周波数に同期して振動して、音となって放射されることになります。

横笛共鳴

下図に示すように弦の固有振動数は張力(剛性)にも依存しますが、篠笛のようなエアーリードの固有振動数は、空気ビームの速度に影響されますので、その時の運指ポジションの共鳴成分に応じた振動となるよう、最適な息の速度(高い音高ほどエアーリードの剛性を高く、すなわち息のスピードを上げる)コントロールを行う必要があります。
また、弦が細いほど固有振動数が大きくなるように、息ビームを細くするほど固有振動数を大きく(音を高く)し易くなります。

エアーリード剛性

下に示す振動モードのように、歌口から最初の開放指穴までの距離が同じ場合、波の節の数(n)が1つの定在波は基本振動モード(呂音:1オクターブ目)、節が2つの定在波は2倍振動モード(甲音:2オクターブ目)、節が3つの定在波は3倍振動モード(大甲音:3オクターブ目)となります。同じ運指のままで息スピードを上げると呂音から甲音へ1オクターブ跳躍することができます(ただし、大甲音の運指は呂音・甲音と異なってきます)。

オクターブ跳躍

篠笛らせん図

  • 初心者の息の出し方の特徴
初心者は、音高に対応した最適な息加減を見出すコツを掴めずに、必要以上に大量に吐息してしまう傾向があります。また、歌口のエッジ部の最適ポイントから外れた位置に息を当ててしまい、音にならないノイズ成分(風切音)に多くの息を無駄に消費する傾向も見られます。これにより、必要以上に多くの息を呼吸することを繰り返すはめになり、下図に示すような「過呼吸」状態に陥り、血液中の二酸化炭素濃度低下に伴って頭がクラクラすることになります。
このクラクラ症状を「酸欠」と勘違いしている初心者が非常に多くみられますが、それは大きな間違いです。
息を多く吐き出した分、ブレスにより肺から吸われる空気量も自然に多くなるように人間の呼吸器系はできていますので、通常の酸素濃度環境下において酸欠になるはずがありません。「酸素欠乏症(通称:酸欠)」とは、マンホール内作業等、酸素濃度18%未満の低酸素環境下におかれた場合に生じる症状に適用されるものです。
酸欠という誤った認識を持ってしまうと、「もっとたくさん息を吸わなければ」と焦り、さらに過呼吸を増長させる悪循環に陥る癖が付いてしまう恐れがあります。これでは正しい息コントロールの習得が妨げられることになりかねませんので、単なる言葉の間違いで済ませられる問題ではありません。初心者が陥るのは、「酸欠」ではなく、「ムダな息の出し入れによる過呼吸状態」であるという最も初歩的な基本事項が理解できていないということは、篠笛上達について論じる以前の問題であることを認識しましょう。

篠笛過呼吸

冒頭で述べたように、篠笛演奏においては大きな肺活量など必要なく、以下で述べる効率的な息コントロールと腹式呼吸さえマスターすれば、楽に綺麗な音を鳴らし続けることができるようになります。
メンタル面においても、緊張するほど呼吸サイクルが速くなるため一息で耐えられる時間が短くなる状態に陥りますが、腹式呼吸を行うことにより、気持ちを落ち着かせることができ呼吸サイクルを正常化させる効果も期待できます。

  • 音量と音高のコントロール
下の図は、水道のホースで水を飛ばすときの、水の量と距離(速度)の関係を示したものです。水道の蛇口開度によって水の供給量を、ホースの先の絞り(面積)によって水の速度が調整できます。

  水量Q= 面積A × 速度V
  速度V= 水量Q / 面積A


この関係より、水を遠くまで飛ばす(速度を上げる)には、水量を多くする(蛇口を開ける)か、ホースの先を絞れば(面積を小さくすれば)よいことになります。

水道の量と速度

篠笛の演奏においても、下の関係で水道と同じように対応させることができます。
  水量 → 息の量(音の大きさ)
  速度 → 息の速さ(音の高さ)
  ホースの先 → 唇のスリット

篠笛奏法でいう面積とは、唇から息ビームが出るスリット面積(アパチュア)を示します。
アパチュア

息は圧縮性気体のため水道のように単純ではありませんが、ここでは簡単のため水道同様に非圧縮性流体である水流に見立てて考えると、息の速度(音の高さ)は次式で近似することができます。

   息の速度[cm/sec] ≒ 息の量[cm3/sec]/スリット面積[cm2]

すなわち、音を高くするには、唇のスリット(アパチュア)面積を小さくすればよいことになります。篠笛奏法では、音高(速度)を変える際、息の量(分子)はあまり変えずに、主にアパチュア面積(分母)の方で調整します。
以上のことから、篠笛演奏では下図のように息のスピードを一定で音量を変える「音量コントロール」と、音量を一定で息のスピードを変える「音高コントロール」をうまく使い分ける息コントロールの習得が必須といえます。

息の量と速度

音量はそのままで音の高さだけ変えたいときは、下図のように息の量は一定に維持しつつ、息の速度だけを変える必要がありますが、初心者は最適なスリット面積にコントロールをする余裕がないため、とかく息の量だけを増やすことによって速度を上げようとします。このため、高音になるほど音量が大きくなるとともに、無駄な息消費が多くなって息切れすることになります。

篠笛の息の量と速度

一方、音高はそのままで音の大きさだけを変えたいときは、下図のように息の速度を一定に保ちつつ、アパチュア面積を調整することにより息の量を変える必要があります。このとき、アパチュア面積を変化させても音高(息の速度)は一定に維持する必要がありますので、口内圧力を適正値に保てるよう、肺からの息の供給量をうまくコントロールしなければなりません。この息コントロールが適切にできていないと、音程が不安定になってしまうことになります。

音量と速度

例えば、甲音のままデクレッシェンド(息の量を小さく)していく場合、アパチュア面積を変えずに息の量だけ小さくすると、下図のように息速度も小さくなって呂音に失速してしまいます。こうならないために、息の量だけを減少させつつ、息スピードは高いまま維持できるよう、面積を徐々に小さく絞る(ゲートを徐々に閉じるイメージ)とともに、口腔内圧力を上げることによって甲音を維持するテクニックが要求されます。このテクニックが自然にできるようになるにはかなりの鍛錬が必要となりますが、次節において、どのようなイメージで息コントロールを行えばよいかについて説明します。

呂音失速

  • 息コントロールのイメージ
以下では、篠笛演奏時における息コントロールをイメージしやすくするため、人体の呼吸器系を、工学システム系に置き換えて考えていきます。
ここでは大雑把なイメージを掴んでもらうのが目的ですので、あくまでも単純化した感覚的モデルで説明しており、定量的な正確性を持ったものではないことをご承知置きください。

呼吸器系を下図のようなモーター駆動のポンプシステムに置き換えて考えましょう。ここでは、「肺」が実際に必要な空気量・圧力を供給する「ポンプ」、「腹(腹直筋ではなく、後述する大腰筋が主役)」がポンプを駆動する「モーター」(動力源)と考え、「横隔膜」を介して肺を駆動すると考えます。

呼吸器模擬システム

上図のモデルを用いて前節で説明した息スピードのコントロールを説明すると、以下のメカニズムにより息速度(音高)に応じた口腔内の圧力を調整するということになります。

前述の仮定同様、ここでも息を非圧縮性流体である水流に見立てて考えると、理想的な流路の場合においてはベルヌーイの定理より流速は口腔内と大気圧の圧力差(ΔP)の平方根に比例するものと大雑把に捉えることができます。

口腔内圧力と息速度

しかし、前述した音量コントロールによってアパチュアの面積を絞っていくと、下図のようにアパチュア部の圧力損失(ΔP)は大きくなるため、音高(流速)を維持するためには口腔内圧力を更に高める必要があります。(厳密には空気の圧縮性や粘性等により単純な関係にはなりませんが)

口腔内圧力と息速度模式図

後述するように塞ぐ指孔数が多くなる(低音)ほど共鳴柱抵抗が増加しますので、あたかも歌口部背圧が高くなるような作用が働きます(これをPrとします)。これらを考慮した場合の実効差圧ΔPは以下のように複雑になり、目的の流速を確保するための口腔内圧力は、その増加分を見込んだ最適値にコントロールする必要があります。

ΔP=P1-(P0+δP+Pr)

アパチュア面積(音量)が大きくなるほど、また共鳴空気柱抵抗が小さくなるほど、口腔内からの空気流出量が多くなりますので、その分、肺からしっかり空気を供給(ポンプへのエネルギー供給)しないと口腔内の圧力を維持することができず、音高(息スピード)が保てなくなります。

肺供給エネルギ

一方で、甲音をピアニッシモ(弱音)で吹くには、小さなアパチュア面積で速い息スピードを維持しなければならないため、口腔内圧力をしっかり張った状態でアパチュア面積を極限まで絞る微妙な息コントロールが要求されます。息の消費量はごく僅かとなるため、力を抜いてしまいがちですが、アパチュア面積が極小になるとノズルの摩擦抵抗係数が非線形に大きくなりδPが急激に増加しますので、口腔内圧力は上図のようにむしろ高く維持するよう、しっかりした下腹の息の支えが必要となります。重い荷物を持ったままの状態は仕事量(=力の大きさ(N)×力の向きに動いた距離(m))は小さいですが、筋肉はしんどいのと同じような状態といえます。また、風量が小さくなるほど息流が不安定になり易くなりますので、唇の筋肉の繊細なコントロールも要求されます。

  • 吹奏時の抵抗感
ここでは、歌口に吐息する際に感じる吹奏抵抗感について、消費エネルギーの観点から説明します。ここでいう吹奏抵抗感とは、吐息エネルギーが100%発音エネルギーに変換されていると感じる達成感、別の言い方をすると音を確実に捉えている感触・手応えといったものに近いでしょうか。逆に息ビームが最適ポイントから外れてしまった場合は、この吹奏抵抗感は中途半端な感触しか感じることができないということです。
野球のバッティングにおいて、真芯にジャストミートしたときはボールの抵抗感を強く感じることができますが、詰まった当たりでは半端な抵抗感しか受けません。同じように、篠笛演奏において息ビームが最適ポイントの真芯に当たった時ほど綺麗な音が効率よく鳴り、心地よい吹奏抵抗感を感じることができますが、最適ポイントから外れたときは吐息エネルギーが音のエネルギーへうまく変換されずに風切音(ノイズ)に費やされてしまうため、中途半端な抵抗感しか感じることができません。この歌口の真芯にジャストミートした心地よい吹奏抵抗感を感じられるようになるということは、篠笛の大きな魅力の一つといえます。

前述の工学システムに例えると、一般に、ポンプ動力(消費エネルギー)Wは、流量と圧力の積に比例することから、

  動力W ∝ 流量Q × 圧力P

という関係で示され、音量が大きいほど、供給空気量Qを多くするための動力が大きくなる分、上記で述べた吹奏抵抗感を大きく感じることは単純に理解できると思います。

一方、音高による影響になると若干複雑な要素が加わります。前節で説明したように、息速度を上げるためには口腔内圧力Pを上げる必要があるため、高音になるほど腹~肺のポンプ動力が増加することから、吹奏抵抗感もそれに比例して単純に増加するように思われるかもしれません。しかし、篠笛は運指に対応した長さの空気柱を共鳴させなければならないため、そう単純にはなりません。下図のように、低音になるほど指孔を多く塞がなければならないため、共鳴空気柱慣性が大きくなりエアーリードを振動させるための抵抗が大きくなります。逆に音程を上げていく(運指が一、二、三…と開いていく)に従い空気柱は短くなり、この慣性力(抵抗感)は小さくなっていきます。

共鳴柱振動抵抗

以上より、同じ呂音域内では、音程を一、二、三…と上げていった場合に、速度増加に伴う動力増と、共鳴空気柱が短くなることによるエアーリード振動慣性の減少効果が相殺されることから、下図に示すように運指ポジションによる吹奏抵抗感の違いは有意には感じられません(この図は感覚的なイメージをグラフ化して示したものに過ぎず、定量的データに基づくものではあません)。一方、呂音七から甲音1に移行する際は、速度増加と空気柱長さ増とが重畳することになるため、吹奏抵抗感が一挙に増大します。この動力跳躍の加減を最適にコントロールする感覚を身につけないと、綺麗に甲音に跳躍できなかったり、オーバーブローになり音が裏返ったりします。

篠笛運指と抵抗感

フルート奏者のように同一特性の笛だけを専属で演奏される場合は、音高とアパチュア径に応じた息のスピードと口腔内圧力の相関はほぼ一定に保たれることから、その感覚さえ体に覚え込ませてしまえば、条件反射的に目指す音の最適な息コントロールが可能となります。
一方、篠笛奏者は、調子(笛の長さや太さ)の異なる複数の笛を使い分ける必要があるため、笛の径や長さ、歌口・指穴径等によって吹奏抵抗特性は一定とはなりません。このため、口腔内圧力と息スピードの相関は笛に応じて変化することとなり、音の鳴り具合の感覚を捉えながら、最適な息スピードとなるように口腔内圧力をフィードバック制御する技術が求められます。自分は六本調子一本だけしか演奏しないんだと決めつけている人なら問題ないかもしれませんが、将来異なる調子の笛を演奏しないとは限りませんので、あまり一種類の笛に順応し過ぎると、後で苦労するかもしれません。

  • 息コントロールの調整ファクタ
綺麗な音が安定的に出せる余裕が確保できるようになったら、次のステップとして篠笛演奏における主要な調整ファクタを自在にコントロールするテクニックを身に付けることで、微妙な音量調整や音程調整の自由度を拡げることができるようになります。この主要ファクタとは、口腔内圧力(x)、唇のスリット面積(y)及び息の角度(z)の三つが挙げられます。下図に示すように、演奏の場面に応じてこの三つのファクタからなる三次元ベクトルを自在にコントロールすることで、表現力豊かな技量を駆使できるようになります。
なお、音量を調整する際、口腔内圧力(x軸)だけを調整したのでは息スピードも変わってしまいますので、スリット面積(y軸)も同時に調整する必要があります。また、スリット面積を大きくすると口腔内圧力が下ってしまうことから、肺からの供給エネルギを十分確保する必要があります。すなわち、x軸とy軸は完全に独立な変数とはならず(図のような直交ベクトルではない)、肺からの供給エネルギを固定した場合は互いに逆相関の関係になります。

調整因子ベクトル

もちろん、上記三つの主要ファクタ以外にも、下唇による唄口の塞ぎ率や口腔内容積、唇の柔軟性等、多種多様な調整要素があり、それが篠笛の難しさ、奥深さでもあります。
  • エアーリード形成における音質への影響
エアーリード楽器のうち、リコーダなどは、エッジ部への空気流の流路がウインドウェイとして楽器に組み込まれているため、口腔内圧力というスカラー量を調整するだけで音量や音高をコントロールすることができます。
一方、篠笛やフルートは、下図のように奏者の唇でエアーリードを形成させなければならず、歌口の塞ぎ量やアンブシュアによるアパチュア径に加え、息ビームの距離、スピードや角度といったベクトル量を調整する必要があります。

息ビーム調整因子

「楽器の音響学」の著者でもある安藤由典先生によると、音質に特に影響しているのは息ビームの中心とエッジ部との偏心量であって、息の角度は、これに間接的に影響しているとのことです(安藤先生著「楽器の音響学」、「楽器の音色を探る」より)。安藤先生によると、横笛では、管内の一巡空気流によって息ビームが外側に曲げられるため、その分息ビームの標的ポイントをエッジ部より内側に偏心させることにより、結果的にエッジ部の最適位置に当たるようになるとのことです。

息ビームの曲り

この曲がり量は、息ビームの剛性が小さいほど大きくなりますので、下図(左)のように息スピードが遅い(低音)ほど偏心量を大きくする必要があります。すなわち、最適な息ビームの標的ポイントは、音高に応じて変化するということです。
一方、音量(息の量)と偏心量との関係を考えると、息ビームと一巡空気流の太さの比率は一定で変化しますが、息の量が小さくなるほど一巡空気流の摩擦損失やバイパス比率が多くなることから、ベクトル合成値である偏心量は小さくなります。このため、下図(右)のように、音量を小さくするほどエッジからの偏心量も小さくする方向になると考えられます。

息ビーム偏心量

このように、目指す音高に応じた息スピードと、最適な偏心量の位置に息コントロールすることが、綺麗な音を出すためのポイントとなります。

  • 良い音を出すポイント
下に示す「息ビームの流束分布図」は、初心者と上級者が同じ吐息量で吹いた時の最適ポイントからの偏心に対する息ビームの分布を概念的に示したものです。上級者は、息ビームが最適ポイント近傍に集中して分布しているのに対し、初心者では息ビームの中心が最適ポイントからずれていることに加えて、息ビーム分布が拡大する傾向にあります。

息ビーム流速分布

また、美しい音を出すには、息ビームを歌口の最適位置に当てるだけでなく、そのときの音高に対応した最適速度とする必要があります。これらを図でイメージするため、以下のような速度と相対位置を変数とする美音関数Bというものを定義すると、

美音関数:B(δv,δx)
    ここで、δv:息ビーム速度の最適スピードからの偏差
        δx:歌口の最適位置と息ビーム中心との偏差

ここにある「歌口の最適位置」とは、前述したように音高によって変化する標的偏心量を示します。
この美音関数を図で示すと下のようになり、速度偏差、位置偏差とも小さいほど図の同心円の中心(最適ポイント)に近くなり、美しい音が出せることを示しています。
この図はイメージ図のため変数に対して線形で示していますが、実際はもっと複雑な形となります。また、前述した口腔内容積コントロールや息ビーム輪郭の滑らかさ等も影響しますので、更に複雑な関数となります。

美音関数

上の図において、上級者は位置・速度とも最適ポイント近傍にシャープで乱れのない滑らかな息ビームを命中させているため、少ない吐息で大きな音量を維持しつつ、明瞭で綺麗な音を発することが実現できています。一方、初心者では、最適ポイントからずれた、いわゆるピンぼけの音となっており、音にならないノイズ領域に無駄な呼気エネルギを消費するだけに終わっています。
上級者のようにピントがピタッと合った音は、大音量の太鼓と合奏した場合でも、少ない吐息でよく通る(解像度の高い)音を出すことができます。私の師匠であった笛方も、高齢にもかかわらず少ない息で驚くほど良く通る音を出されていたのが印象に残っています。

このように、綺麗な息ビームを造るコツは、唇のしなやかさを保つことがポイントといえます。これにより、息ビームの輪郭がなめらかになり、最適ポイントに息が集中し、濁りのない艶のある澄んだ音を出すことができるようになります。初心者は、息スピードを出すことに意識を集中させるがあまり、唇の筋肉に力が入り過ぎて、皮膚のしなやかさが失われてしまって下の左図のように息ビームが乱流となりがちです。さらに緊張が加わると、唇が乾燥して潤いが無くなってますます凹凸息ビームになり易くなります。また、下向きに楽譜を見ながら演奏したりすると、息ビームに唾が混じってしまい更に乱流になります。
吹くというより、脱力して自然に唇を閉じた状態から、口腔内気圧により自然に息が漏れ出すイメージとすると、下の右図のように滑らかな息ビームを形成することができます。唇の内側の柔らかい粘膜部分で空気流路を形成したり、乾燥した唇を舌で濡らして潤いを与えることで、雑音の少ないクリアな音にすることができますが、これも空気流路の弾力性の影響によるものと考えられます。フルート等の西洋楽器で用いられるタンギング手法では、吹き始めの音の捉えが比較的容易に出来ますが、唇の力加減だけで音を捉えなければならない篠笛では、唇の柔軟さが肝となります。また、音が濁る原因の一つとして、指穴塞ぎの密着度が悪く、当人には気が付かない僅かな隙間が生じている場合も考えられますが、これも無駄な力が入ってしまうことにより指のしなやかさが失われていることが主な原因です。

息ビーム

篠笛に限らず、上級者は簡単に「もっと力を抜いて」と指導することがありますが、その中身は奥が深く、単純に「脱力」すればよいというものではありません。綺麗な息ビームを作るために必最小限の筋肉だけはしっかり働かせ、不必要な筋肉は脱力するという勘所は、長年の練習の積み重ねにより培われた自由自裁な息コントロール技術の【余裕】によって初めて習得できるものであって、一朝一夕にマスターできるほど容易なものではありません。スキーで華麗なパラレルターンが出来るのも、自由自在な重心移動がしなやかにできる余裕が身に付いた上でのことであって、教則本を何回読んでも身に付けることは不可能なのと同様です。
更にいうと、吹き始めに音を捉える際の唇の力加減と、吹き終わりの消えゆくように音をフェードアウトするときの力加減は同一とはなりません。前者は上で述べた唇の柔らかさが重要なポイントになるのに対し、後者の方は少し唇を引き締めないとアンブシュアが崩れて息スピードを維持できなくなる違いがあります。この唇の力加減(引き締め具合)については指導者によってまちまちのようです。
最適な唇の力加減は人によって異なってくるものですので、「こうすれば良い!」と決めつけない方がいいかもしれません。最適なアンブシュアは、練習を重ねて自分の特性に最も合った力加減を見つけなさいということでしょうか。このように、最適な筋肉の使われ方の勘所が無意識に掴めるようになった状態において、初めて「脱力」の極意を掴んだといえるのであって、初心者がすぐに身に付けられるものではないということです(「脱力」方法については、【Doプロセスにおける脱力の実践】を参照ください)。
息ビームが太い(音量が大きい)音だと最適ポイントが分かりにくいので、できるだけ息ビームを細く、すなわち小さい音で練習すると最適ポイントが掴みやすく効果的ではないかと思います。
また、上級者になると、更にメリカリによる微妙な音高調整により表現力を付けるため、結局のところ、いかに的確な息ビームの標的ポイントを掴み、自由にコントロールできるかどうかが、技量の差となって表れることになります。

  • 条件反射による息の修正フィードバック
綺麗な音を鳴らす最適な息ビームは、たとえ同じ笛であっても常に一定不変というものではありません。演奏する際の気温、気圧、湿度並びに音響空間(部屋の空間面積、残響特性)等の環境条件に最も適した息ビームを形成するためのアンブシュアというものは都度変わってきます。このため、初心者の段階では、日によって綺麗に鳴るときと全く鳴らない時とのムラが生じて悩まされることがあります。
ゴルフ等のスポーツでも、上級者になるほどフィールドや気象条件に合わせて的確に軌道修正する適合能力が高くなり、いかなる条件下においても安定したパフォーマンスを発揮することができます。篠笛演奏においても、熟練度が増すにつれ、意識しなくともその時の演奏環境に最適なアンブシュアとなるよう、下図のような修正フィードバックが条件反射的に作用するようになってきて、常に安定した演奏ができるようになります。
この修正フィードバックは、言葉で習得できるものではなく、様々な場面における演奏を数多く経験することにより体で覚えるしかありません。一種類の笛だけに限定するのではなく、できるだけ特性の異なる複数の笛を使い分けるようにすれば、条件変化に的確に合わせられる適合能力をより効果的に高めることができます


  • 息コントロールに必要な呼吸法
大甲音のように高い音になるほど、息ビームの速度を速くし息径をよりシャープにする必要がありますが、初心者は口の筋肉だけで息のスピードを上げようとするため、安定した高音を出すことができません。大甲音を安定して出すには、下腹(丹田)を意識したモーター駆動力(息の支え)が不可欠です。
下腹を意識した呼吸とは、すなわち腹式呼吸のことを指します。腹式呼吸という名称から、アウターマッスルである腹直筋を使った呼吸法のイメージを持たれている人もいるようですが、腹式呼吸にとって腹直筋はむしろ緩める方向とし、奥にある腹横筋等のインナーマッスルを使うことがポイントになります。特に、下腹による息の支えには脊椎(腰椎)に近い大腰筋(腸腰筋)を活性化させることが重要となります。しかし、インナーマッスルである大腰筋を意識することは難しいので、下図に示すようにその重心に当たる「丹田」と呼ばれる場所を意識すればよいと思います。腹式呼吸で使われる横隔膜は腰椎を介して大腰筋と連結して互いに影響し合っていますので、太もも付け根の内側から骨盤にかけてを意識(肛門を締めるイメージ)することが大切となります。猫背や、だらっとした姿勢で背もたれに寄りかかっていたのではモーターは回りません。

丹田

今まで述べてきたように、篠笛では一般の木管楽器の構成部となっているリードを、奏者が演奏の都度自らの唇によって形成させているということです。このことが、篠笛では笛自体の違いよりも、奏者の息コントロール技量の違いの方が音質へ与える影響度合いがはるかに大きい理由となっています。

篠笛自体の影響については篠笛の選び方と使い分け【その2】をご参照ください。



篠笛演奏における音の形
篠笛と同じエアーリード楽器としては、尺八、ケーナ、フルート等がありますが、ケーナ奏者がフルートを吹くとケーナのような音に、篠笛奏者がピッコロを吹いてもやはり篠笛のような音に聞こえるそうです。これは、ヴィブラートの加減やタンギング・打ち指手法等のアーティキュレーションによる演奏時の癖が大きく音質に影響しているためと考えられます。
書道に例えれば、タンギング奏法の場合はサインペンで書いたようなカッチリした音の形。一方、打ち指手法で代表される篠笛のアーティキュレーションは、線の繋ぎ、かすれ、強弱、はらい等、毛筆で書く草書体のような音の形のイメージとなります。

横笛の音の形

下手な演奏と優れた演奏の違いは、音の終わり方に顕著に顕れます。初心者の音の終わり方は、下の図のように失速して尻切れトンボで終わる、ぎこちない音の形となっています。これは、音の終わりに近づくほど息切れして息スピードをコントロールする余裕がなくなることと、意識がすでに次の音の運指の方に移ってしまい、今出している音の終わり方が疎かになってしまうためです。一方、上級者になると笛奏者のディミヌエンド技術によって余裕をもってソフトランディングすることにより、なめらかな余韻を残すよう、最後まで音の形作りを大切にしています。
このように美しい音の形を作るのが篠笛の一番難しいところですが、人を感動させる表現力豊かな演奏をするには不可欠な要素です。

初心者っぽい演奏から脱却するには、下図のように休符になっても、すぐには吹き止めてはいけません。音を小さくしていくのだから力を抜けばいいと思うのは大間違いです。前述のポンプシステムでいえば、モータの回転数を下げて風量を下げるのではなく、回転数は落とさずに(むしろ上げる感覚)唇のゲートを徐々に閉めることにより風量を小さくしていくイメージです。息ビームを乱さずに「ゲートを徐々に閉じる」ためには、唇の筋肉の微妙な引き締めが必要で、これは鍛錬を重ねていくしかありません。
甲音の場合、この息が切れて苦しくなるフレーズの終わりが、実は最も腹圧が必要であり、最も神経の集中が要求される瞬間なのです。マラソンで、トラック勝負のラストスパートにどれだけの余力を残しているかが勝敗の分かれ目になるようなものです。そのためには、前述したようにアパチュア面積と口腔内圧力をコントロールし、フレーズの後半でも下腹(大腰筋)による息の支えをしっかり維持することが必要であり、そうすることにより最後まで息スピードを保てる口腔内圧力が維持でき、甲音から呂音に失速することがない余力を維持することが可能となります。(…と、人には言っときながら、自分は歳のせいで循環呼吸に頼って楽をしようとすることが多い今日この頃…)。
更に上級者の音の形を作るためには、音の立ち上がりも大切にしなければなりません。吹き始めの最初の音を捉える瞬間は、前述したアンブシュアの柔軟さが最も要求されます。ソロ演奏の時は、マイペースで最初の音を捉えることができますが、合奏の時はあわてて合わせてしまい、綺麗な音を捉えるのに失敗することがありますので、余裕をどれだけ有しているかで差が出てきます。また、伸びやかに音が伸びていく安定感のある音の形を作るためにも、余裕のある息コントロールが重要となります。
この音の形の良し悪しは、自分自身が演奏している最中はあまり認識できず、スマホのアプリ等で録音したものを聴くことによって初めて客観的に認識することができるものです。篠笛の上達に録音という要素が絶対に欠かすことができないといわれている理由は、まさにこのためです。

初心者の音の形



上級者の音の形

  • 微弱甲音練習のススメ
上で述べた息コントロールの習得に効果的な練習法として、微弱甲音領域での練習がオススメです。微弱甲音は、上図に示した音の終わりの消えゆくような甲音ですが、これを持続的かつ安定的に(呂音に落ちることなく)出せるようになると、音量コントロールの幅が拡がり、ヴィブラートやディミヌエンド等の表現力豊かなテクニックが余裕をもって駆使できるようになります。微弱音でありながら、下図のように甲音の速い息スピードを確保しないといけませんので、極限までアパチュア面積を絞った流動抵抗に打ち勝つだけのしっかりした下腹(大腰筋)による息の支えが必要となります。また、アパチュア面積を絞るほど息ビームのコントロールが乱れて音切れが生じやすくなりますので、針の穴を通す高いコントロール技術が要求されるようになります。息ビームを乱さずにアパチュアを極限まで絞るには、脱力ではなく最適な筋肉の力加減が要求されます。この微弱甲音が安定して出せるピンポイントのコントロール技術が身に付くまで練習を重ねていけば、通常の音量の領域においても余裕を持って安定的な演奏ができるようになります。
また、ボリュームを極限まで絞った微弱甲音と微弱呂音だけで曲が演奏できれば、夜中でも隣室の迷惑にならずに練習できるメリットもあります。
(似たような音で、ホイッスルトーンという技法もありますが、これはピンポイントの息コントロールが要求されるのは同様ですが、息スピードは非常に小さく、ほとんど力は必要としません。この練習も合わせて行うとさらに効果的ですが、上の微弱甲音とは全く異なる技法による音です。)
微弱甲音


冒頭で述べたように、篠笛の上達の基本に関しては↓のページも参考にしてください。
 篠笛の上達方法

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① 篠笛の選び方と使い分け【その1】
② 篠笛の選び方と使い分け【その2】
③ 篠笛演奏における移調について
④ 五線譜から篠笛譜(数字譜)起こしする方法
⑥ 篠笛の上達法
〇 篠笛の自動移調Excel

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